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半歩遅れの読書術(2)

  • IK
  • 2020年9月20日
  • 読了時間: 2分

深夜、桜の花びらの舞い落ちる公園をそぞろ歩きするうちにふと頭に浮かんだ小説がある。米国のSF作家レイ・ブラッドベリの短編集に収められた「雷鳴」と題する小品。戦後まもない一九五二年の執筆である。

二〇五五年、合衆国全体が、自由と民主主義を唱えるリベラル派キース大統領の誕生に沸き返っている。そんななか、タイムサファリ社が企画した恐竜狩りのタイムトラベルにエッケルスと名乗る男が応募してきた。

富豪の冒険家は、熟練の案内人の導きで六十万年前の白亜紀へのタイムスリップを果たすが、このトラベルには、当然のことながら、絶対不可侵のルールが定められていた(「一本の樹木にも触れてはなりません」)。

だが、待望の白亜紀に辿りついた興奮もつかのま、「定刻通り」姿を現した恐竜に、男は「雷鳴」のごとく打ちのめされ、一人タイムマシンに引き帰してくる。

物語の舞台は、再び、六十万年後の二〇五五年。無事、帰還をはたしたエッケルスは、周囲の様子が激変しているのに気づき、不吉な予感に打たれる。恐竜狩りからタイムマシンへ引き帰す途中、誤ってジャングルに足を踏み入れた事実を思い起こしたのだ。そこで靴底にこびりついた泥をチェックすると――。

「緑と金色と黒に輝く一匹の蝶がめりこんでいた。ひどく美しい、死んだ蝶」

 前日の大統領選の結果を尋ねるエッケルスに向かって、サファリ社の社員は得意げに叫ぶ。

「もちろんドイッチャーさ! あんな軟弱なキースの野郎が大統領になってたまるかよ」。

靴底の「一匹の蝶」が六十万年後の未来を大きく変えていた。

ちなみに、新たに誕生した大統領ドイッチャーの名が暗示しているのは、独裁者ヒトラー。ただし、この小説はより複雑な歴史的背景を隠しもつ。

一九五二年のリアルな大統領選で勝ったのは、中間派アイゼンハワーであり、その当選を後押ししたのが、「赤狩り」で有名なマッカーシー一派だった。

鉄のカーテンの向こうでは独裁者スターリンもすでに虫の息だったが、共産主義に対する恐怖は衰えをしらず、人身攻撃の火の手は、マスメディアや映画関係者へと及んでいった……

もっとも、私がその夜、公園で連想を馳せていたのは、政治とは別次元の話だった。中国武漢で新型ウィルスに最初に罹患した「ゼロ号患者」のこと、同じ新型ウィルスをひそかに運び込むという汚れた靴底のこと。

 
 
 

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